認められたい欲望と過剰な自分語り―そして居合わせた他者・過去とともにある私へ

相手が匿名の場合、向こうの防御力に対する、こっちの攻撃力は、IDがあることと、ネット上で自分語りができる部分。

と思っていたけど、そうでもなかった。結局、私は、IDがあり、そして、芸名があり、実名性がかなり高い部分がある。芸名を追えば、本人に会うことが出来るし、どこかで、本名にも辿り着く。同姓同名の有名人がいるから、検索しても、その人が出てくるけど。

正直、ネット上の活動でしか、本人のことを判断できないし、それで、書いたことでの行き違いが起きて、このダイアリから日記成分は追い出したのだけど。結局、追い出した先でも同じことを起こってしまった。

結局、場を変えても、同じことが起きるなら、常に、私が最大限に考えて、最大限に自分語りを行った・・・。

「元気やでっ」を滋賀県大津市いじめ暴行・自殺事件を踏まえて読み返しました(ジャンプに1995年に連載された漫画です)。

 この記事とかを、付記するべきなのだろうか。関心があるから、件の事件のことは、エントリに書いていたのだが、私の背景の部分を勘違い、というか、知らないでコメントが来るのは、ちょっと、疲れたのだが、問題が問題だけに、小中学校で、いじめ加害者・被害者を両方になり、大学院時代に自殺を考え、社会人時代になんやかんやあった…という、「いじめ」や「自殺」に関しての部分は、触れた方が良いだろうか。

 定型の背景文は、ローカルに保存する事も出来るのだけど、今度は、同じ文章を使っていることを、批判されそうだ。

 もう、あまり、社会問題のことは書かない方がええのかな。思った以上に、ダイアリって、検索されるみたいだ。